C-C-B

8 2月 2015

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小学校の時に「Romanticが止まらない」のヒットと、染めた髪、カラフルな伊達メガネで一気に全国で大人気だったバンド「C-C-B」。

当時田舎に住んでいた僕もC-C-Bの熱狂的なファンになっていた。

C-C-Bは1982年、青山に開局したミニFM局「KIDS RADIO STATION」が、夏をイメージさせる新生バンドを数組結成させ、競わせるプロジェクトを企画し、そのなかの一つとして「和製ビーチボーイズ」をコンセプトにメンバーが集められ、結成されたのが「Coconut Boys」のちの「C-C-B」だった。

同時に話題だったのが何と言ってもドラムの笠さん!
80年代当時、日本ではまだ珍しかったイギリスのシモンズ社の電子ドラムを叩きながら、インカムでメインボーカルを取るというスタイルが斬新だった。

多分、当時あれを見てドラマーになりたいと思った人は僕だけではないだろう。

個人的にはセカンドシングル『瞳少女』や『スクール・ガール』、『Lucky Chanceをもう一度』、『空想Kiss』、『元気なブロークンハート』も大好きだったが、その後に発表した『ないものねだりのI want you』『不自然な君が好き』など、出す曲出す曲が大ヒットしたのを覚えている。

解散間近に発表された『原色したいね』『抱きしめたい』もヒットしたが、その後、1989年10月9日日本武道館でのライブを最後に解散してしまう。

この当時のバンドは、米米クラブや世飢魔Ⅱ、爆風スランプもそうなんだけど、尋常じゃない位演奏力とエンターテイメント力を兼ね揃えているのに、熱狂的なファンにしかその魅力が伝わっていないのが残念でならない…

むしろそういう良さを知られたら演奏力の無い曲が売れなくなって困るのかな?とも思う。



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布袋寅泰

4 11月 2014

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布袋寅泰と言えば、BOOWYのギターリストだし、その後のソロ活動でも様々な名曲を発表しているけど。

布袋ファンの大半はBOOWYファンなんで、するとBOOWYファンはどうしても、布袋が歌を歌う事に関しては氷室京介との比較になってしまう。

最初は僕も布袋の歌に関してはダメだろ(笑)って印象だったけど、曲が良いので、これはこれで味があるんじゃないかな?とすら思えるようになってきた。

布袋のソロになってからの曲と言えば、スリルという曲があって、この曲は江頭2:50のテーマ曲として有名なんだけど、布袋は自分のライブに江頭を呼んだ事もあり、売れたことは江頭のおかげだけど、複雑な心境だという事をあっちこっちで話している。

2011年3月20日、当時震災があって放射能漏れた業者が、誰も福島に近寄りたがらなかった為に、生活に必要な物資が不足しているというニュースが流れた。

そんな中、江頭が自ら2トントラックを緊急車両として運転し、東日本大震災の被災地・福島県いわき市の高齢者介護施設や避難所に救援物資(水・ナプキン・ペーパータオル等)を届けたとの目撃情報がmixiやTwitterで流れ、

「事実なら、自らの危険を省みず被災者を救おうとする勇気ある行動だ」

という話題がネットで巻き起こった。

江頭は、新潟中越地震時にも救援物資を届けた経験があって、今回の地震でも絶対に孤立している避難所があるはずだとの確信があった為の行動で、大川総裁にもその胸の内を語っていたという。

江頭本人が語った深層によると、NHKニュースでいわき市の惨状を知った江頭は、高田文夫事務所のツテを使いトラックと通行許可証を入手した後、消費者金融で金を借りてコストコに行き、水や生理用品を購入したとの事。

実際に救援物資を届けた後は、自分の素性を明かすことなく立ち去ろうとしたが、結局施設の職員に気づかれ、現場は大騒ぎになってしまったという。

布袋寅泰はこの件に関してTwitterで「スリルに関してはハッキリ言って迷惑に思っていますが、彼のこの行動は尊敬します」と語っていた。

布袋も江頭も本当にすごい人だと思います。



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先日ミュージシャンが自殺してニュースになっていた。

昔からミュージシャンで自殺する人がいるが、理由としてはいくつかある。

一つはミュージシャンを目指す人というのは、繊細で夢を見ている人が多い、しかし現実は金や権力等、夢とは程遠い世知辛い世の中だったりする。

そういう現実に絶望しても、普通の人は死なないけど、繊細であるがゆえに、自殺という道を選んじゃう人も多いんじゃないかなーって思う。

もう一つは実際に稼げないという事、
稼げない事を諦めて、ミュージシャン以外の仕事に行ける器用さがあれば、当然自殺なんかはしないんだろうけど、その器用さが無かったり、ミュージシャン時代のプライドが、普通の仕事をしたときに。

しょーもない普通の人からも「無能扱いされ」自分の能力に絶望した時に、自殺しちゃうんじゃないかなーって思う。

そもそも、音楽で成功しようがしまいが、それがいつまで続くかわからない世の中なんで、音楽以外でも食っていけるように、なんか頑張るしかないと思う。

最近では、そもそもミュージシャンを目指そうなんていう人も少ないから、そこで路頭に迷う人も少ないとは思うけど、中途半端に売れて放り出された場合、その幻想とギャップに苦しむんじゃないかなーって思う。

僕も昔はミュージシャン目指していたけど、早々に諦めて違う仕事をしているけど、音楽で食えたら楽しいなーと思う反面、そこで放り出されたら、もう元には戻れなくなるんで、地道に普通の仕事で頑張りたいと思う!



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今井寿

9 10月 2014

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今井寿って言っても誰の事かさっぱりわからないと思うけど、1975年前後に生まれた人にはBUCK-TICKのギタリストとして有名な人物だ。

当時はバンドと言えば、BOOWYも群馬県高崎市出身だったので、同じ群馬県高崎市出身のBUCK-TICKも売れに売れて、群馬県高崎市は、凄いバンドが出てくるエリアとして恐れられたが、その後このエリアから、凄いバンドは出てこなかった!(笑)

ちなみに今井寿や櫻井敦司、星野英彦は群馬県藤岡市出身である。

今井寿は、16歳の時にRCサクセションを聴いて、バンドマンを職業にする事を決意し、ギターを弾こうと弾いた事も無いのに決意するわけだけど、その時に、右利きなのに、左で持った方がカッコいいとかしっくりくるっていう理由で、左利きでギターを始める!!

ちなみに左利きのミュージシャンとしてはポールマッカートニーが有名で、楽器のネックの向きは普通みんな左向きになるんだけど、レフティー(左利き楽器)は右向きになるんで、ステージ映え的には、レフティーがいた方が面白い。(笑)

ちなみに今井寿さんはGO-BANG'Sのヴォーカルの森若香織と結婚したらしく、今井寿さんのWikipediaでは2013年8月、第一子が誕生と書いているので、もし奥さんがGO-BANG'Sのヴォーカルの森若香織さんなら、森若香織さんが出産したって事になる。

僕は今井さんも森若さんも大ファンだったんで、この才能ある二人が結婚したという事を後から知ってびっくりした!



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BOOWY

28 9月 2014

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皆さんはBOOWY というバンドをご存じだろうか!?

GLAYを知らない人はいないと思うけど、そのGLAYやビジュアル系バンドが、もっとも影響を受けたバンドで、BOOWYがいなければ今の日本のロックバンドは、大半いなかったんじゃないかな?って思う。

BOOWYは1981年、群馬県高崎市出身の氷室京介、布袋寅泰、松井恒松を中心に結成された。

最初は6人編成のバンドだったが、同年秋に2人が脱退し、以降は解散まで4人編成で活動した伝説のバンドである。

当時のロックバンドのアルバムとしては異例のミリオンセラーを記録し、名実共にトップバンドへとのし上がった人気絶頂の1987年12月24日に突然ライブで解散を宣言。

翌年1988年4月4日、5日に東京ドームで行った『LAST GIGS』で、バンドは解散するわけだけど、この時に用意された9万枚以上のライブのチケットは、僅か10分で完売し、予約の電話が殺到し文京区の電話回線がパンクするという事態が起こり、これら一連の流れからBOOWYの人気は社会現象にまで発展した!!

音楽雑誌等では「BOOWY以前」「BOOWY以後」という言葉まで生まれ、現在活躍しているバンドやミュージシャンにも多くのファンが存在している。

BOOWYの何がカッコいいかというと、曲が良いとか歌や声がカッコいいと言うのもあるし、布袋のギターも今でも斬新だけど、当時はあまりにも上手すぎてオリジナリティがあり過ぎて、全てがかっこよかった。

まさにカリスマ性のあるバンドだった。

真似したくても真似が出来ないオリジナリティにみんなが憧れた氷室京介と布袋寅泰は今でも第一線で活躍しているけど、今なおカッコいい!!



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